吉川真嗣・美貴の二人旅 No.4 佐 渡 新潟県佐渡郡 地名を聞いただけで反射的に連想するものがある所というのは、意外性を多く発見できる土地でもある。私は今までお決まりの名産によって土地のイメージを占拠されている場を多く訪ねたが、実際との落差に度々驚いたものである。会津若松、湯布院、喜多方、果てはパリのルーブル美術館に至るまで。その中でも想像の域をはるかに超え、驚く程多彩な顔を見せてくれたのが佐渡である。佐渡といえば荒波、佐渡おけさ、金山と思いきや・・・。 3つが渾然一体 一般に北陸や西日本の影響を受けているといわれる佐渡の文化。しかし島の中でも国仲地方は貴族文化、相川地方は武家文化、小木地方は町人文化と、場所によって気質や文化土壌が異なり、この3つが渾然一体となって佐渡固有の文化を育んできたという。そして何より私が興味を引かれたのは、佐渡には日本中の植物が全部あるという話であった。魚介しかり植物しかり3つの気質しかり、まさに日本の縮図である。神は実に楽しい遊び心で佐渡という島を日本に創造なさった。 私たちが訪ねたのは9月中旬。相川と宿根木を中心にまわったが、最初に訪ねたのが、なんとりんご園である。佐渡でりんご?おおよそ海のものは想像できても山のもの、畑のものは想像外のことである。島の中をレンタカーで山手に入っていくと、目の前にりんごが鈴なりになった背の低い木々が現れ、うね一つ隔ててバラの園にもなっている。バラの性質に明るいわけではないが、佐渡の気候風土、海からの潮風に当たっても、バラがこの地で美しく花開くことに意外性と驚きを感じる。淡いグリーンローズが可憐に我々を迎えてくれた。 ここも北国 りんごに話を戻すと農家の奥さんが試食用にたくさん切って出してくれた、確か紅玉(だったと思うが定かでない)は、歯ごたえもしゃきしゃきと酸味と甘味のバランスが絶妙で、食べ飽きがこない。主に進物用として一つ一つ紙で包み、丁重な梱包で出荷し、全国にファンの顧客をもつのだと言う。 レンタカーで島を巡りながら、車中から見える一軒一軒の家の庭の立派さは印象的で、小高い山に登っていくと、島であることすら忘れさせる急勾配の坂道の脇に寺町がひらけ、鬱蒼とした竹林が続く。佐渡という海の波のイメージで一人歩きする想像上の土地とは大幅に異なる側面がひらける。 晩は新ふじでいろりを囲んでの海の幸のご馳走に舌鼓をうつ。さすが佐渡。炭火で次々に焼かれる魚貝のオンパレードと若いご主人と女将さんの親身なもてなしに、冷酒が程よくまわって、心地良いことこの上ない。 ついついご主人と話が弾み、上階の骨董を集めているというプライベートルームへと通してもらう。趣味で集められた大皿やとっくり、数々の絵皿と古いそろばん、能面、土人形が気ままに並べられている。好きなものに囲まれて、気ぜわしい接客業から解放されて自分の世界に入ることで、しばし休息の時を持つことがうかがわれる。 女将さんがハタ織機で実際に編みかけたタペストリーの続きを織って見せてくれた。私などから見ると気の遠くなるような作業に思われるが、女将さん曰く「佐渡は冬が長く、その間隣町にさえ行かない時がずっと続くのですよ。いわばその時間の有効利用となんとか一冬を越す為の気晴らしなんですよ。」 佐渡がたまに訪れる者に見せる顔と、そこに暮らす者に表す顔のギャップを感じる。ここも北国。長く厳しい季節があるのだ。その分、陽光がふりそそぐ夏は多くの観光客を大らかに鷹揚に迎え入れながら、海も山も島全体がのどやかに輝くのだろう。 宿根木 町並みで強烈な印象を受けたのは宿根木である。新潟県で唯一、重要伝統的建造物群保存地区に指定されている所であるが、恐ろしく狭く入り組んだ土地に、深く掘られた流れがその中を通っており、民家と民家の連なり方というのが、プライバシーという言葉を吹き飛ばさせる程の密集の仕様である。これが他に例を見ない宿根木独特の景観なのであろうが、近年相当にこの一帯に修復の手が加えられたのであろう。 一律の材質の濃い茶色の下見戸の家々が連なる。入り組んだ所に軒の高い家々が密集することと、窓が殆ど見られないその構造が息苦しさを感じさせる。その昔、窓に税金がかけられたことによるらしいが、島という隔離された土地、プラスこの閉塞感。佐渡の人々の長い長い忍耐と、そこに培われた気質や、逆にどう暮らしに喜びを見出すかに工夫を凝らす、その知恵のようなものに、この地独特の長い人の営みを感じた。 またこの島に32もあるという能舞台。その昔、一個人が海を越えて本土に渡ること自体が大変だった時代。隣人同士の協力と相互監視の両狭間の人間関係の重圧や、四季がもたらす恵みと厳しさを、人々は能という世界に深く深く没入し、昇華させることで見事にそのエネルギーを転化したのではないか。 りんご、バラ、島の田園、深い森、能楽、海、金山、様々な植物の群生・・・。 大っぴろげな性質と同時に、多彩で奥深く、秘めやかな土地である。
|
|