2010年6月号 | ||||||||||
リレー随筆 「鮭っ子物語」 No.108 |
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「ふるさと村上」 |
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私は東京生れの東京育ち、今は東大和市と言う多摩地区に住んでおります歯科医師です。 屋号を「郷左エ門家」と呼び、旧住所では神林村牧目「小色部」と言う所に父の代まで住んでおりました。菩提寺は「禅宗の曹洞宗」有明にあります光浄寺、墓地は松喜和の赤松林の中に有ります。寺の古文書によりますと先祖は庄屋であったと記載されておりますが、今は家も屋敷もなく親戚の方々が居るだけです。 祖父も直系の長男でしたが教育者を目指して東京に出、父も法務省の役人として東京で生活しておりました。約五十年もの間、殆ど付き合いが途絶えたにもかかわらず、牧目の方々は「本家・本家」と寺との繋がりを代行し、墓を守って下さっておりました。 少し生活にゆとりが出た事も有って、二十年程前より再び地元の方々や、菩提寺との付き合いが始まりました。年に二~三度、特にお盆の時期には、墓参りを兼ねて家族で村上に行き瀬波温泉に泊まります。皆様もご存知の通り山や川や海の幸が沢山あり、夕日が沈む日本海を眺めながら温泉に浸かって一杯やれば「極楽・極楽」言う事なしですね。 私は学生時代は柔道をやっておりました。講道館の参段です。家族が出来てからは、家族中でスキーをやりました。苗場スキー場で二級まで取りました。 今はもっぱらゴルフです。シングルプレーヤーにはまだまだ届きません。大好きな日本海カントリークラブをはじめ、村上周辺のゴルフ場は全部回りましたが、素晴らしいコースです。 生まれも育ちも村上ではないのですが、すっかりと村上の「とりこ」になってしまっております。十年前に墓参りの拠点にと、瀬波に温泉を引いたうさぎ小屋程度の別荘を作りました。五月に帰ってみると高速道路が牧目まで伸び、益々村上が近くなっておりました。 東京村上郷友会で5年に一度でも、村上に一泊して宴やらゴルフ・コンペでも開催できたらと提案したいと思います。 会長の赤見さんとは、義兄の早稲田大学「稲門会」の関係で知り合いになり、入会させて頂きました。これからも、東京村上市郷友会が開催される度に出席するつもりです。宜しくお願い申し上げ、私の原稿を閉じる事に致します。有難うございました。 |
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