吉川真嗣・美貴の二人旅  No.30


 小さな旅 
 〜島根県 美保関 
    美保神社氏子がたの守り伝え〜



 大晦日か元旦は大半の人が2年参りや初詣にお出かけになったことであろう。そういう意味で一月は信心に関係なく、一般の人々と神社の最も結びつきの深い月である。

 今月二月はそんな全国津々浦々にある神社の中で、こんな珍しい風習で氏子がたに守り伝えられているという、島根県は美保関の美保神社の話題である。

 この美保関(みほのせき)、島根半島の東北端に位置し、江戸時代には北前船の寄港地として栄えた港町である。丸くくびれて日光を反射する美しい湾から陸に上がると、全国各地のゑびす社の総本山である美保神社から仏谷寺に至る細い町筋に、趣のある青石畳敷きの町並みがある。狭い石畳の両脇に迫った民家や旅館、店屋がその昔の人々の生活・行動サイズと賑わいを彷彿とさせる。この石畳がまた地元の海石を切り出して敷設されたものだそうで、天保から弘化年間に始められた寄港した商人や地元廻船問屋の寄進によるものだというから、何と一枚一枚に思い入れの深い石畳なことであろう。

 さて、出雲から美保関へと車を走らせ到着したのが夜も10時を過ぎた頃。何とか一夜の宿を探し出し遅ればせの夕食にありつこうと、紹介されて行った先が休みのところを開けて夜食を供してくれた海岸沿いのスナックであった。
休日ゆえ他に客のいないガランとした店内で、今日海に潜って捕ってきたばかりの貝だの海藻だのと、いろいろ珍しく新鮮な魚介類をふるまってくれながら、いかにも人の良さそうな店の主人が話しはじめられたのが、何と世にも珍しい(?)習わしで受け継がれ守り継がれてきた美保神社の話なのであった。

 この神社。縁起については割愛するが宮内庁から勅使が送られてくるほどの全国でも有数の由緒ある神社である。前述のとおり全国のゑびす社の総本山であるが、ゑびす様こと「事代主命(ことしろぬしのみこと)」とその妻「三穂津姫命(みほつひめのみこと)」の夫婦の二柱の神様をおまつりしている。
ゑびす様と言えば大抵の人が鯛を抱えられたお姿や、釣り糸を垂れておられるお姿を即座に連想されると思うが、この姿に代表されるようにこの神様、たいそう釣りがお好きだったとか。美保関のある一角、ここで事代主命が釣りを楽しまれたと伝えられる所があるくらいで、こうなると神代の大古と現代が一気にタイムスリップして結びついてしまうから面白い。

 ところがところがである。その大昔のある日のこと、朝を知らせるにわとりが間違った刻に鳴いてしまったため、それを合図に船を出された事代主命は引き潮と満ち潮の違いでサメに襲われ足に大怪我をなさったとのことである。ゑびす様の像や絵に片足がかくれているものが多いのもその為だとかである。何と美保神社の氏子の役に当たった人たちは、この言い伝えにより役の任期4年間は事代主命に敬意を払い大怪我をさせた鶏の肉は禁忌なのである。一口に4年間鶏を断つというのも簡単なことではあるまい。そして更に驚くのはここからである。ご本殿はご覧の写真のとおり、海から少し入った平地にあるのだが、元々の本殿は急峻な石段を何百段も上がった山の上(崖の上とも言える)にあり、氏子の中で役に当っている人は毎夜中に正装して!(紋付袴のような和装で)365日!、この崖上にお参りする役割があるというのだから驚く。夜中にというのも、そのお参りの姿を決して他の人に見られないようにするためということもあるらしく、なかなか役に当たられた方のご苦労がしのばれる。
最も平成の世に至って、こんな厳格な守り伝えもかなり緩和されているようだが、1年のうちには雨の日吹雪く日嵐の日と様々で、凍てついた石段にゲタを滑らせ骨折したりする氏子さんもいらっしゃるとかで、まさに命がけと言っても大袈裟でないお守りが今日も続けられているのである。この当番の氏子さん、神社から賜る30センチもあろうかという長くて太いお箸で任期中食事を摂るらしく、実物を見せられた私はこんなお箸で一体全体どうやって食べるの?と
どこまでも???が頭を巡ったことであった。

 この他にもいろいろと店のマスターから珍しい氏子さんの風習をお聞きしたが、大変さ深刻さが微塵も感じられず、むしろユニークで土地の人たちの氏神様をお守りする真摯で温かい情感に満ちて感じられたのも、ひとえにこのもてなしてくれたマスターのキャラクターによるところ大であろう。
それにしても地域色濃厚で、氏子がたの気の遠くなるような永年のご尽力に敬意を払いつつ、美保関というのは何と頼もしい神と人の共存の日常なことであろう!!

 ここは行かれたらただ参拝して帰ってくるだけでは勿体無い、是非に地元の人に美保神社との日々における「おつきあい」を聞いてこられることである。





 
 
写真・文 吉川 真嗣・美貴



美保神社




ゑびす社総本山である美保神社




美保神社にて筆者



おすすめ食事処
会津名産
 本ぼうだら煮
 にしん山椒漬
 
福島県会津若松市相生町
 Tel 0242-22-2274




青石畳敷きの町並み



上菓子司 会津葵




北前船の寄港地として栄えた港町




豊富な海の幸が楽しめる


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