リレー随筆 「鮭っ子物語」 No.41 |
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真っ青な空のもと、村上駅に降りたったのは、あじさいの花も終わりかけた初夏の頃でした。すぐ目に飛びこんできたのは駅前に広がる懐かしい町並み。かすかな風も忘れかけていたふるさとの香りを運んでくれるようです。 村上を離れたのは村高2年の春。以来、半世紀近く東京で暮らし、親戚のない私が帰郷したのはほんの数回、限られた時間の中でゆっくり町を散策することもありませんでした。 私はタクシーの運転手さんにお願いし少し遠回りをして町の中を走ってもらいました。 子供の頃の一番の思い出といえば、やはり夏祭りのこと。町中を練り歩く勇壮なおしゃぎりとコミカルな獅子舞。それを見たさに眠い目をこすり、母に手をひかれて歩いている光景が鮮やかに目に浮かんできます。 車は田端町・鍛治町をあっという間に通り抜け、早くも大町にさしかかりました。昔ながらの町屋が両側に並んでいます。 ”えっ。こんなに狭い道幅だったの?” アセチレンガスの青白い光とにおいの中でわずかな小遣いを握りしめ、色とりどりの夜店をワクワクしながら覗いていた幼い目には、町一番の広い広い大通りと映っていたのです。 城下町の面影を残す寺町に引き返し、車は割烹「新多久」に到着しました。ここが、今夜の舞台朗読”こうこの夢語り”の会場です。 舞台朗読とは、本を持たず、持たずに語ることで読み手の感性が加わり、登場人物とその場面が鮮明に描写され独特の世界を醸し出すというもの。十年程前からこの舞台朗読の公演を続けている私は、是非一度、ふるさとで語ってみたいと思うようになりました。 そんなある日、同級生から届いた1枚の新聞の切り抜き。村上古民家倶楽部の催し物の記事でした。 これがキッカケとなり、念願のふるさと公演が実現したのです。これには、村上中学同級生有志の共催という嬉しいおまけまでついてきました。 その夜は、関係者方々の大変なご努力で由緒ある新多久の大広間がお客様でいっぱい。 今回の作品は、江戸情緒と人情を語る藤沢周平作橋ものがたり”殺すな”。その雰囲気を充分に考慮した舞台装置も作っていただきました。 作品を語る時、語り終えるまで極限の緊張が続きます。この日も張りつめた中、気持がだんだん昂ぶっていき、いつもより心をこめて語ることが出来たと思います。 私が朗読に興味を持つようになったのは、小学生の時、担任の先生のちょっとしたお誉めの言葉から。それがいつしか夢となって心の奥に生き続け、師・三上左京氏の教えを受け、ようやく舞台朗読の語り手として歩み出したのは、子育ても終わりかけた頃でした。昨年十月には、かねてから憧れの四谷紀尾井ホールでの公演も果たしました。 私は今、思います。 「夢は持ち続けるもの。夢を実現するのに遅いということはない。」と・・・。 このたびの公演を通じて、ふるさとの皆様が、古き良き文化を残しながら、新しい町づくりに限りない情熱を注いでいられることを強く感じました。こんな素晴らしい環境の中で育まれていく子供達、その心にはどんな夢が宿っていくのでしょうか。 三面川、お城山…豊かな自然に囲まれ、新しく変わりつつある我がふるさと村上。いつか再び、この地で、この地にふさわしい作品を語ってみたいと胸を熱くするのです。 |
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