吉川真嗣・美貴の二人旅 No.24 小さな旅 新潟県五頭温泉郷 村杉温泉 〜環翠楼の一部屋より〜 北の地、新潟にもようやく暖房の要らない6月である。日ごとに力強さと輝きを増す緑にひかれるように、五頭温泉郷は村杉温泉の環翠楼(かんすいろう)に赴いた。 背の高い木々に囲まれてたたずむ、明治・大正・昭和の木造建築。林の小道の奥に突然別世界のように現れる空間である。本館の前の池を取り囲むように、ぐるりと部屋が配置され、「明治の間」・「大正の間」と呼ばれる離れが点在する。 この地に降り立った瞬間から、外界の喧騒から遮断され、もみじの緑の輝きと苔むした石、木々の葉ずれの優しい音に引き込まれる。 私たちが通された部屋は「大正の間」のある離れの2階であった。庭を眺めるゆったりと配された回り廊下からは、さやさやと揺れる枝に手が届きそうであり、見渡す三方がこの木々の緑のそよぎで埋め尽くされ、あまりの美しさに我を忘れる。そして年月を経た日本建築の粋が、欄間の彫刻、お床の違い棚、戸庄司の細かい細工模様に凝らされ、自然景観と共に他に代え難い趣を出している。 ご挨拶に出て来られた女将さんの品の良さとしっとりとした落ち着きで、お宿の印象は完璧なものとなり、「よくぞ、近場にこんないい所を見つけたものだ。」と感慨無量!となった次第である。 部屋から見下ろす景色は環翠楼の庭園だが、あまりに整然と造られ過ぎた庭園とは違い、どこか伸びやかで自然のままの美しさ・優しさが満ちている。またどこまで庭園で、どこからがもともとあった景観の恵みという区分けも感じられず、もともとの素材を十二分に活かして、木造建築含めてすべてが溶け合うように絵になっているのが見事である。 私などはどこに出かけても、動き回り、探検し回らないと気が済まないタチだが、この環翠楼で初めて出歩かずに穏やかな美に浸りきって、ひたすらに風情を楽しんだ。 3日間滞在したのだが、1日目が台風の影響で風雨が強く、2日目も雨、そして3日目は晴れ渡ったが、旅に出かけて部屋に居ながらにして、「風雨」を満喫するというのも初めての体験であった。 大きく張り出された木枠のガラス窓越しに溢れる緑ゆえ、まさに晴れて良し、降って良し、台風も良しという、別荘さながらの希少のお宿である。 どんなに同じ部屋から眺めても、飽きることなく眺め続けられたのも、自然そのものの美しさにもよるが、刻々と自然が織り成す「動き」がそこにあったこともあろう。 鳥の響き渡るさえずり、流れる水の音、雨に打たれて神秘さを増す苔や、木立を通り抜ける風が語りかける何者かの姿にも感じられて、私自身も木々の懐に深く溶けるようであった。 |
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