吉川真嗣・美貴の二人旅 No.21 小さな旅 〜滋賀県大津市坂本〜 連日の吹きつける猛吹雪に、身の縮こまるここ数日である。こんな時は出かけるのも億劫になり「冬眠したい」などと思ってしまう私である。 1月2月はどことも冬枯で、景色を愛でるなどという発想も、出かけて歩き回ろうというようなフットワークの軽やかさも、吹っ飛んでいるものだが、この度冬枯れを堪能させられる大きな発見があった。 滋賀県は大津市の比叡山坂本。かねてより穴太衆(あのうしゅう)の苔むした石積みと、その石垣の上に伸び上がる木々の清々しい佇まいに魅せられていた地である。ゆるやかな傾斜のゆったりとした坂をのぼりつめると、そこは日吉大社である。凍てつく寒さの中、何かに引かれるように私は再び坂本の地を訪れた。 白洲正子氏の書物の一節に「近江の石をたずねて」というくだりが確かあったと記憶しているが、この「石」を見に行くという感性にいたく刺激されていた私はこの度坂本界隈の「石」をじっくり鑑賞しようと赴いた次第である。 坂本の町はその歴史をひもとくと、頭上に頂く比叡山延暦寺の高齢になった僧侶たちの隠居の地「里坊」として、長くその役割を担ってきた地である。その風雅で清やかな空気に、一生涯を神仏に捧げた後の余生に求めたであろう、典雅な開放感が満ちている。寒空に両手を伸ばすがごとくの木々の姿は、葉がすべて落ち露わになった枝と幹のみゆえ、簡素で力強い。晩年の僧侶の姿と重なって見えるのは私だけであろうか。 そしてやはりこの地の圧巻は穴太衆の石積みである。自然のままの形を生かし、それでいて堅固な石積みは、そこに積み上げられたその時から、風雪に耐え、時代の通りすぎゆく様を静かにそして堅牢無比に、その場に留まり続けて見守ってきた。渋く黒ずみ、重なった石と石の隙間に苔むす姿の連なりは、石が生き続けていることを、そして確かにかつての昔日があったことを明かしている。 かつて白洲氏は、この時代の移り行く様に揺り動かされることなく存在し、時間の流れを一時(いちどき)に逆のぼらせる石の存在に、我の存在を対比させながら、すべての物の根源を探っていたのかもしれない。そんな私の独りよがりな推測はともかくも、新緑の輝く初々しさの季節でもなく、桜の華やかで柔和な色彩に染まる季節でもなく、このピンと張り詰める冷たい空気とすべてを削ぎ落とした冬枯れの中でこそ、穴太衆の石積みが一番に際立って感じられると思った私であった。冬もまた他に代え難い贈り物をしてくれるものである。 |
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