リレー随筆「鮭っ子物語」 No.31 |
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私は岩船生まれの岩船育ちである。岩船衆である。リレーランナーに指名されたのは有難いが、予め断っておかねばならないことが二つある。その一つは「鮭の子」ではない。今一つは、前の走者より年増だということである。昭和20年の敗戦をはさんで前後6年間村上の学校で過ごしたものである。 奈良を訪ねる人は必ず参詣するのが薬師寺である。勝間田池から遠望する伽藍は美しく、東西の三重塔、金堂に今年落慶した大講堂がその偉容を全く新たにした。秋の陽光は時に柔らかく、花やかでもあり壮美である。何故だろうか。その一つは、自然の背景に加え建造物の鮮やかな色取りに有るように思う。甍の「青色」と内外装の「朱色」にある。冠雪した富士山が美しく見えるのと同義である。 今年の正倉院展では染料や顔料の昔が展観されるという。往って、「丹」にすっかり魅せられて了った。元来、色は変褪色し易く、移ろいやすいのである。その「丹」が反故紙に包まれて千二百年余りを耐えてそこに在った。水銀朱・弁柄・光明丹はどれも丹朱として呈色する。丹朱は「聖」色であり、不死と再生の色として古来人体施朱に使われた。鉛丹は硝子にもなった。鮭肉の色は丹朱色である。 朝方はTVニュースしか見ないのである。稀に電話の向こうから「見てるッ!?」とか「今やってるよッ!」とか声の掛かる時がある。直ぐ様チャンネル合わせに及ぶ。何。岩船村上とか鮭料理が放送されているからだ。 鮭のTVで産卵シーン程感動を覚えさせられるものはない。北太平洋の大回遊を果たし、成長を遂げ、漸く母川に帰り、産卵し、ほどなく絶えていく。その様は凄まじい。生壮老死がそこに在る。老死の間に暇の無い事よ。母心に似た姿に何時看ても感動を超えた悲しい思いにさせられて了う。海水から汽水へ、汽水から淡水へ、行ったり来たりしながら次第に筋道を辿りながら河川を遡上してゆく。無事に子孫を残そうとするその姿を「鮭っ子」なら誰でも知っている筈だ。 奈良薬師寺の高田好胤前貫主や梅原猛学長の仰しゃる「利他行」の根源は母心に在るという仏の教えに同感する。 鮭の母川回帰の始終には永却回帰や輪廻転生を観せる所があるように思う。 いよいよ紙面が尽きて了った。 岩船は古来漁港でもあったから、秋になれば鮭漁となる。産土神石船神社のお祭りがある。丁度、漁期に当っていて食膳を賑わしたものである。鮭は実に美味である。岩船や村上は鮭料理の本場で、料理には粋を尽す土地柄だから世の評価の高いのも当然であろう。岩船の鮭は沿岸で捕られる。捕れたてでする沖煮の味は抜群である。塩水すなわち海水の作用と恩恵によることは申す迄もない。 鮭は人が生きるために食する。捕り過ぎてはならない。摂りすぎてもいけない。 この二首をバトンとして次のランナーにタッチしたい。 皆様 よいお歳を。
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