2023年2月号
  リレー随筆 「鮭っ子物語」  No.232


スライドショー付き私の音楽遍歴+α
安冨 成良
(やすとみ しげよし)

 これまでの人生を振り返ると、「音楽」は何かにつけて人生の色々な場面でスパイスのように味を豊かにし、私の人生に彩を添えてくれています。
 記憶として残っている最初の音楽との出会いは小学校の高学年の時。クラスの担任だった音楽教師の小池吉三先生から、「安冨君は音楽が得意なので、帰りの学活(学級活動)で『荒城の月』をクラス合唱をしたいので指揮をしないか?」と言われ、毎日、前に出て指揮をした記憶が残っています。中学校では何故か生徒会長に立候補して音楽とは直接かかわりが無かったのですが、中1頃から家にあるピアノを自己流で弾くようになり、中3の終わり頃からは大好きな大工町の獅子舞のメロディーを何とか楽譜に採譜したいと思うようになって取り組みはじめ、ついに高校生になって完成させました。その事を村上市駐在の朝日新聞の記者さんに知られるようになり、昭和39(1964)年9月11日付の朝日新聞の新潟版にトップ記事として掲載されました。
 村高に入ると音楽部に入部し、そこで初めて合唱の楽しさに出会いました。夏休みには府屋での合宿に参加したり、朝日新聞社主催の「全日本合唱コンクール新潟県大会」に出場し、「優良校」に選ばれたりして合唱漬けの高校生活を送りました。また何かのイベントで、体育館の壇上にあるピアノで「村上の獅子舞の曲」を独奏したことがあります。そのことは会場の人たちに強烈な印象を与えたようで、今でもある先輩にお会いすると、よく「安冨君が獅子舞の曲を弾いた時のことをよく覚えているよ!」と仰ってくれます。後年、村上での箏曲家の日高さとみさんとの共演で「宵待草」を演奏した時、中間部のアドリブで「獅子舞のメロディー」を入れました。(URL①)
 高校を卒業する時に「音楽部の後輩に曲をプレゼントしよう!」と同期の部員が相談し、副部長だった方が作詞をし、私が無伴奏の混声四部合唱曲「歌おう友よ」を作曲しました。この曲は高校の後輩たちに歌い継がれ、玉川大学入学後の大学合唱団の定期演奏会で学生指揮者だった私が指揮をしてこの曲を初めて公のコンサートで披露しました。この曲は大学合唱団でも長年愛唱曲として歌い継がれました。合唱団顧問のT教授がこの曲を気に入って下さり、『合唱アルバム』が出版された時もその合唱曲集にそのまま掲載されました。そのこともあってこの曲は全国のいくつかの合唱団でも取り上げられ、歌われています。小山市民混声合唱団でピアノ伴奏つきに編曲して発表した時には、村高音楽部の当時の仲間たちもコンサートに駆け付けてくれて一緒に歌いました。(URL②)
 大学卒業後、都下の日体桜華女子高校に英語教師として勤務した時にはコーラス部の顧問となり、1976年に退職後、州立ネバダ大学リノ校(UNR)に留学した時は専門の文化人類学の授業だけではつまらないと思い、芸術学部での「合唱」の授業を受け、オケ付きで「メサイヤ」をコンサートで歌いました。留学中は1977年と1978年の夏休みと冬休みにはカリフォルニア州のLAとLong Beachのピアノバーが出した「ピアニスト募集」という日系新聞の広告を見て応募し、採用されました。アメリカではまだカラオケのない時代でしたのでお客さんのリクエストに合わせて伴奏するピアニストとしてアルバイトをしました。その時に知り合った日系人の方や後に私のライフワークとなって取り組んでいる戦争花嫁(=戦後、進駐軍兵士と結婚して渡米した日本人女性)の方たちと出会いました。
 ネバダ大学卒業後帰国し、以前勤務していた高校に復職した時は、今度は学校の事情により、「体操と音楽は関係があるだろう」とのことで新体操部の顧問を押し付けられました。勿論体操の指導は私にはできませんので、新体操の団体演技や個人種目に使う曲をピアノ曲として作曲し、東京代表として関東大会に出場した時も私の曲で生徒たちは演技してくれました。その後、ご縁があって都下の小平市にある嘉悦女子短期大学(後年、嘉悦大学)に勤務するようになり、高校教師時代には私にはまったく縁のなかった「研究」をすることが求められ、日本人戦争花嫁を研究テーマに選びました。この分野を体系的に学び、研究する必要を痛感し、アメリカ女性史・社会史の日本の第一人者でアメリカ学会の会長もなさったA教授の教えを請いたい、と思い埼玉大学大学院に入学し嘉悦大学の授業と並行して浦和まで通いました。
 2014年3月の定年退職の前に「トミーと素敵な仲間たちのコンサート~安冨しげよし定年記念コンサート~」を開催し、玉川大学合唱団の先生と仲間たち、箏曲家、元アイドル歌手、N響ヴァイオリニストが友人としてゲスト演奏しそれらの方の伴奏もしました。今は亡き兄も京都から駆け付けてジャズピアノの演奏をしてくれました。
 退職後は「素敵な仲間たち」と「村上広域情報誌2001」の発行人の安沢孝雄氏が中心となって運営している「歌声・村上」(2014年)、「千の音色で繋ぐ絆コンサートin 荻窪」(2015年)、村上市での「素敵な仲間たちとお月見コンサート・ディナー@安善寺本堂・新多久(2015年)などでのピアノ伴奏・独奏のほか、何回か「第九」の演奏会にも合唱団員として歌ったり、「懐かしのスクリーン・ミュージックmeets タケカワユキヒデ」への参加(2019年)等々で色々演奏しました。そして現在は国立市の混声合唱団に入団しています。
 これまでの人生を振り返ってみると、そこには常に音楽があり、全くの独学で体得したピアノ演奏や高校時代から続いている合唱は、「歌おう友よ」の歌詞にある「心の糧」となっています。留学中にピアノバーで出会った戦争花嫁さんたちやその家族の方との関わりも現在なお続いています。2005年に明石書店から出版した『アメリカに渡った戦争花嫁:日米国際結婚のパイオニアの記録』などの書籍や論文についての情報がネット上に掲載されていることもあって、NHK、日テレ、TBS、フジテレビなどのTV局や雑誌社などから今でも「戦争花嫁」についての問い合わせがあり、「異国で頑張ってきた戦争花嫁さんたちのことを多くの方に知ってもらいたい」と願って、その都度、私が集めている史料などをお貸しして協力しています。2009年10月から3か月間、JICA横浜・海外移住資料館で「海を渡った花嫁物語」の企画展を開催しましたが、これはそれまで3年間、海外移住資料館の学術研究プロジェクトとして共同研究してきた成果を公開する企画展でした。期間中の12月に当時の美智子皇后のご行啓を仰ぎ、ご説明すると共に、別室で懇談の機会を持ち、励ましを受けたことは私の人生の宝です(URL③)。また、2015年12月には公益社団法人「日本外国特派員協会(FCCJ)」で、戦争花嫁についてのドキュメンタリーについて外国特派員の方たちにも説明したり、いくつかの大学でも講演させていただいています。
 最新の情報として、昨年12月にTBSがドキュメンタリー番組「91歳の戦争花嫁」を放送しましたが、そのドキュメンタリー番組をもとにTBSは更に深堀して80分程度の映画版の映像を制作し、今年3月この映画版は今年3月17日~23日まで開催される「TBSドキュメンタリ-映画祭2023」(https://www.tbs.co.jp/TBSDOCS_eigasai/#news)にノミネートされています。昨年11月に私が渡米しシアトルに行ったときに全米組織の戦争花嫁の会としての最後の集いがあり、会員の戦争花嫁さんや在シアトルの日本国総領事の稲垣ご夫妻も来賓として参加しました。その時に参加出来なかった遠方の戦争花嫁さんたちのほか、TV番組での主人公だったオハイオ州在住のKeiko Hahnさんなどの戦争花嫁さん、TBSの番組のディレクターさん、日米の戦争花嫁研究者の方も加わってのzoomミーティングを開催しました。映画版での「91歳の戦争花嫁」ではzoomでの様子も少し紹介されています。
 昨年末に映画版の映像の字幕やナレーションで間違いがないかご確認していただきたい、とのことでTBSのディレクターさんから下記の映像を送ってくれました。なお、私の氏名の漢字が違っていましたので、その事をTBSの方には指摘しました。(URL④)
 また、私へのインタビュー映像後、zoomの映像に入る前に10秒位、映像が入っていませんが、すぐzoomの映像に切り替わります。
 なお、今回の拙文の流れに沿ってパワーポイントで24枚の写真をスライドショーにしてお見せします。バックに流れる音楽は順に「荒城の月」、「村上の獅子舞の曲」、村上第一中学校の創立と同時に無くなりましたが團伊玖磨作曲の「村上中学校校歌」、「村上高校校歌」「玉川学園校歌」、「日体桜華女子高校校歌」、高校教師の時に作曲した女声合唱曲「旅立ちの日を迎えて」、そして最後に高校卒業時に作曲した「歌おう友よ」の一部をそれぞれつなぎ、3分50秒の音楽を作り演奏しました。(URL⑤)
 おわりに、私の音楽遍歴の辿って改めて感じるのは私の周りには常に音楽があり、音楽がもとで留学中のピアノバーで、後のライフワークに繋がる戦争花嫁さんとの素敵な出会いがあったことに感謝している今日この頃です。

URL① https://www.youtube.com/watch?v=-sijuYrmCQg
「宵待草+獅子舞の曲」
URL② https://www.youtube.com/watch?v=P9-DJrXZWc0
「歌おう友よ」
URL③ https://www.youtube.com/watch?v=gDdebDHYw3I&t=23s
(皇后陛下ご行啓)
URL④ https://www.youtube.com/watch?v=GTPIpKb-e5U
(映画版『91歳の戦争花嫁』
URL⑤ https://www.youtube.com/watch?v=wG7ABhvzUdU&t=61s
(スライドショー動画)
1948年生まれ。埼玉県狭山市在住。
嘉悦(かえつ)大学を2014年3月に定年退職後は①ライフワークの戦争花嫁研究、②狭山市での国際交流活動(とりわけ姉妹都市の米国オハイオ州Worthington市との交流と狭山市在住の外国人への支援活動)、そして③趣味の音楽を楽しむことを3本柱にして生活しています。
グローカル(グローバルであり且つローカル)な視点で物事を見る大切さを痛感しています。





①小山市民混声合唱団の定演で「歌おう友よ」の伴奏をしました





②高1の時に朝日新聞新潟版で獅子舞の曲の採譜が掲載されました





③嘉悦大学定年退職記念コンサートのチラシ





④素敵な音楽仲間と共に





⑤日本外国特派員協会でドキュメンタリー作品についての講演





⑥BS日テレ「皇室日記」の同行取材でシアトルに行きました





⑦TBS「91歳の戦争花嫁」のチラシ

 安冨成良アルバム リンクを開いてください!!


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リレー随筆「鮭っ子物語」は、村上市・岩船郡にゆかりのある方々にリレー式に随筆を書いていただき、ふるさと村上・岩船の発展に資する協力者の輪を広げていくことを目的としています。 (編集部)
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