2023年1月号
  リレー随筆 「鮭っ子物語」  No.231


山北育ちの大悪人          
木村 春夫
(きむら はるお)
1952年村上市雷生まれ
村上高校23回生。明治大学商学部卒業後、築地の水産物専門商社に勤務。
会社では経理部に所属し審査部門を担当。主に得意先の与信管理を専門に在職中は循環取引の防止に傾注。2019年に退職。 
これまでの人生で影響を受けた人物。親鸞、孟子、中村天風。
 50年ほど前のことである。
「善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや」
村上高校2年生のある日、先年鬼籍に入られた瀬波出身の吉田牧夫先生の哲学講義の声が、教室に響き渡った。これは歎異抄にある有名な一節であるが、試験勉強で睡眠不足の頭には「悪人が救われる?そんな馬鹿な事があるものか、それなら世の中悪人だらけになってしまうではないか。」という程度の理解しかできなかった。
 それから社会人になって20年ほどたった頃、私は都会の片隅で人生をもがいていた。勤務する会社のある部門の10年にわたる帳簿改ざんが見つかり、私はその調査を命じられた。検査は困難を極め、連日始発で出勤し、終電で帰るという状況だった。片道2時間の郊外に家を建てたばかりだった。
「もうだめだ!」
 そんな日々が3か月ほど続いたとき、私は精神的限界を感じていた。それまで、人に頼ることは恥ずかしいことで、何事も己一人で解決していくのをよしとしていた。“おとこは黙って○○ビール”などというコマーシャルが流行っている時代だった。
 もがき苦しんでいた自分に、ある日突然、村上高校での吉田先生のあの講義が思い出された。「善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや」
 その時、すがるようにしてはじめて歎異抄を手に取ってみた。一部難解な概念はあるものの、素直に心に沁みるように内容が理解できた。そして思った。「万物流転の宇宙をつかさどる不思議な大いなる力が存在する。そういう力が存在すると仮定して、その物が持つ偉大な力を信じて、頼つてもよいのではないか・・・」と。そう心に決めると、不思議なことに、すーっと心が楽になった。救われたと思った。
 「自分は、良知に従って、おかれた立場で自分のできることを精一杯やればいいのだ。そうすれば大いなる力が自分を守ってくれる。」
 ほどなく、困難を極めた調査も順調に進み、1年後には正常な生活に戻ることができた。新潟県北の山奥で育った自分が、大悪人であることを悟ったときであった。


筆者近影
吉田先生(右)とタニシ先生
歎異抄入門
親鸞聖人
よく遅刻した正門


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リレー随筆「鮭っ子物語」は、村上市・岩船郡にゆかりのある方々にリレー式に随筆を書いていただき、ふるさと村上・岩船の発展に資する協力者の輪を広げていくことを目的としています。 (編集部)
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