2022年9月号
  リレー随筆 「鮭っ子物語」  No.227


三面川の如く


 父に似ているところがある。目の下のたるみ具合は笑えるほどだ。父と私のふくらはぎを並べてみたら区別はつかないだろうし、手の甲に浮き上がる血管や爪の形まで神様はそっくりに作ってくださった。仕事上で、人前に立って話すことや挨拶することもあまり苦にならないのも父譲り。最近では、キャリアコンサルタントの資格取得のための実技試験。15分のロールプレイと5分間の口頭試問では、父の口調そっくりの私が出現し、DNAの存在を確信した。
 いいところばかりではない。端的に言うと「唯我独尊」。
私達父娘は、自分の考えが何より正しいと思う癖があるようだ。このために周囲の方々に迷惑をかけてしまったことも数知れないが、強い信念を持ち自分を持ち上げて行くという裏の面もあったことを弁解として述べさせていただきたい。

 そんな父も歳を重ね、デイサービスのお世話になっている。当初はスタッフの皆さんの話をきちんと受け入れられるのか。他の通所者さんと仲良く過ごせるのか 等、些かの不安はあった。しかし、良い意味での期待の裏切りがあり、今父はデイサービスをスポーツジムと言い換え、更にローカルルールではあるが将棋の段位持ちになったと嬉しそうに語ってくれる。そこにはまだなお冒険心を失わない父の姿があり、多少ではあるが「唯我独尊」からの脱却が認められた。人は変わるものだ。父からまた一つ教わった瞬間だった。

 さて、私は職場でカウンセラーという肩書きも持つ。仕事の事・家庭の事・進路の事 と人の悩みは多種多様だ。昔学んだわずかばかりの心理学やマネジメントの知識を頭の片隅から引っ張り出しながら、資格証をちらちらさせて何とか相談者の気持ちを上向きにしてあげようと的外れな事をしていた気がする。そこには自分の経験だったり、組織要求に応えるためには といった相手の心情を置き去りにした「唯我独尊」精神が蔓延り、迷走が続いた。
 しかし、ようやく私も気がついてきた。カウンセラーなどと名乗りながら、人の話を聴くことが苦手なのだ。今までの独りよがりな根拠の乏しいアドバイスを恥ずかしく思った。このままではいけない。背中と脇腹に汗を感じ、寒々しくなった。

 「どーせばいいんだろ。」と迷いが頭をよぎる時、思い出す風景がある。場所は村上一中の裏手あたりの三面川。腰まで浸かりながら漁をする人を確かめながら、緑くさい苔の香りを胸の中に吸い込む。滔々と流れる三面川はいつの時も両手を広げ 「大丈夫ら。頑張れっしゃ!」と私を包み込んでくれた。何があっても流れを止めず、宝石のような命を育み続ける。荘厳な景色は私のざわついた心の様を見透かすかのように、沈黙を促す。
そこに何千年も存在していたはずなのに、何も語らない。清らかな蛇行は草花に魂を宿し、鳥どりは餌を啄む。子供たちのはしゃぎ声に人々は安らぎをおぼえながら、やがて食卓を賑わす鮭を待った。
何も語らず、ただ存在するだけで溢れる愛をほとばしらせる三面川のようになれたら。私の「唯我独尊」な心に支流が流れ込み、あなたに必要なのは 聴く力だ、と諭された。

 それならば、聴く技術を身につけようと学びの機会を探求した。 
上っ面にメッキするような浅はかな私の話術は専門の先生に見破られ、父譲りの口達者はあっさりと白旗を掲げる事となる。 「聴く」という字には見ての通り 耳・横向きになってはいるが目・そして心が入っている。つまり相手からのメッセージに耳を傾け、声の調子や表情を目で見てその裏側にある感情に心を配りながら共感する事なのである。感情に心を配るというと難しく感じるが、「嬉しいです」「辛いです」「怖いです」 このようなワードに敏感に反応し「そうなんですね。あなたはそう思われるんですね。」と言葉をかける。その上で「その時あなたはどう感じましたか?」と気持ちを問うてみる。何より大切なのは、無条件に相手を受け入れ寄り添う事。それが「聴く」ということだ。
 できるならば、三面川のように何も語らずとも人に安らぎと信頼を与えられるような人になりたい。そんな大胆な事を考えた。難しい課題ではあるが向き合っていこうと思っている。

 私が生まれて初めて吸った外の空気は、宮尾酒造さんあたりの三面川から吹く風だっただろう。勿論父もそうであるはずだし、私をとても大切に可愛がってくれた叔父や叔母たちもこの風を存分にあびたであろう。
 鮭が生まれた川に戻って来るのは、川の匂いを覚えているからだという。だからだろう。私も今、その匂いを探っている。他でもない。私は正真正銘の鮭っ子だから。


森山 敦子
(モリヤマ アツコ 旧姓山本)
村上高校・産業能率大学 卒
陸上自衛官を経て防衛技官
令和4年3月定年退職
現在再任用職員として勤務中

東京都板橋区在住





筆 者



























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