2023年8月号
  リレー随筆 「鮭っ子物語」  No.238


「ふるさとの山を想う」

藤木 俊三
FUJIKI Shunzo
(ふじき しゅんぞう)
1955年、胎内市桃崎浜生まれ、
北海道札幌市南区在住。
村上高校26回生。信州大学人文学部卒業後、札幌の北海道放送に入社。報道部、スポーツ部などで記者、ディレクターとして主にテレビのニュース番組、スポーツ番組の制作に携わる。大学時代に始めた登山の経験を活かして山岳関係の取材やドキュメンタリー番組制作にもかかわる。スポーツ部長、広報部長を歴任後、報道部デスクに戻り2016年定年退職。現在は元の職場の報道部でテレビの短い定時ニュースの原稿を書くアルバイト記者として勤務。日本山岳会会員で2013年~北海道支部事務局長、2018年~2023年4月まで支部長。





高坪山(蔵王)
1971年乙中学校卒業アルバムから







光兎山
関川村高田付近から







 
以東岳
荒川河口付近から







筆者近影
十勝連峰美瑛富士山頂にて
 「ふるさとの山に向かいて 言ふことなし ふるさとの山はありがたきかな」
石川啄木の歌集「一握の砂」の中の有名な一首です。啄木の詠んだ「ふるさとの山」は岩手山説と姫神山説があるそうですが、標高こそ違えどちらも啄木の故郷の盛岡市からは秀麗な姿が望むことができます。一方、啄木は特定の山を意識してこの歌を詠んだわけではなく、ふるさと岩手の山全般を想い浮かべて歌を作ったと考える研究者もいるようです。
さて、胎内市の北端、荒川の河口近くの集落で生まれた私にとっての「ふるさとの山」は物心ついたころから毎日のように見て身近な存在だったのは鳥坂山(とっさかやま 438m)、と高坪山(たかつぼやま 570m)でしょうか。胎内川が平野に流れ出る左岸にある鳥坂山は中世に一帯を支配した城氏や中条氏が城を築いた歴史を秘めた山です。その反対側の右岸にあるのが高坪山で、山頂の南西側の標高460m付近に蔵王権現を祀った場所があることから地元では通称「蔵王」と呼んでいました。わが母校乙小学校(現在はきのと小学校に統合され廃校)の校歌に「♪蔵王の山の動きなき~」と歌われていたほか、乙中学校の校歌にも「♪~雲清し蔵王鳥坂~」の一節があり、どちらも校舎や校庭からよく見えるおなじみの山でした。【※写真①参照 乙中学校卒業アルバムより】
 もうひとつ間近に見える特徴的な山は荒川の右岸にそびえる嶽薬師(だけやくし  391m)です。子供のころは名前を知りませんでしたが、胎内市側から見ると端正なピラミッド型の山容がとても印象的な山です。これらの山は平野に接した部分に連なるいわば前衛の山ですが、その後ろにこれまた個性的な山が連なっています。新発田市の東方にそびえる重厚な山容の二王子岳(にのうじだけ 1420m)は古くから信仰の山として知られ、日本二百名山に選ばれている下越の名峰です。関川村の光兎山(こうさぎさん 967m)は1000mに満たない山ながら天を突くような鋭鋒が登高欲をそそります。【※写真②参照】
 そして村上市民にはおなじみの鷲ケ巣山、三つの頂を連ねた姿は鷲が羽を広げたような勇壮な山です。そしてこれらの山々のさらに奥にそびえているのが、飯豊連峰と朝日連峰です。下越の沃野を潤す胎内川、荒川、三面川が源を発する両連峰は胎内市、村上市の平野部からは全貌はなかなか望めませんが、晩秋に最も早く白く雪化粧をして、春は桜の季節をすぎても雪に覆われた姿をとどめる貫禄十分のわがふるさと山の横綱格です。中でも私のお気に入りの山は荒川の河口付近から見た朝日連峰北端の名峰以東岳(いとうだけ 1771m)です。新潟方面から国道345号を走ってくると荒川の手前で右にカーブするあたりから正面に見える端正な三角形の山が以東岳です。【※写真③参照)こちらも日本二百名山になっていて朝日連峰縦走の起点、終点の山なので夏は多くの登山者でにぎわいます。ただ新潟県側から直接登るルートはありません。大学に入って本格的に登山を始めて夏の朝日連峰を縦走した際に登りましたが、縦走路から見た山容はずんぐりとしていて私の実家のあたりから見る以東岳と同じ山だとはしばらく信じられませんでした。子どものころから綺麗な山だなと思って毎日見ていましたが、名前は知らず、誰かが「あれは越後富士だ」なんて言ったのを聞いたことがありました。もちろん越後富士は一般的には妙高山をさす場合が多いのですが以東岳も形はやや違えど山容の秀麗さにおいては本家の富士山にも匹敵すると個人的には思っています。
 さて、とりとめもなく子どものころ眺めていた山々のことを書いてきましたが、「わがふるさとの山はこれだ!」とひとつの山に絞るのはなかなか難しい気がします。どれも個性的で、実際に登った思い出の山もあれば、死ぬまでに一度は登ってみたいという未踏の山、憧れの山も数多くあります。石川啄木もひょっとしたら子どものころから朝な夕なに眺めていた岩手の多くの山々を「ふるさとの山」と表現したのかもしれません。
 私は現在、札幌に住んでいて北海道での生活が45年になります。毎日札幌岳を眺め、裏山の藻岩山に登るのを早朝の日課にしていますが、やはり私にとってのふるさとの山は先に挙げた下越の山々です。わずか18年間しか生活していなかった場所ですが、幾重にも連なる山々は自らの原点です。新潟に帰省するたびに「お帰り」と言っているように美しい姿で出迎えてくれるふるさとの山はまさに「ありがたきかな」です。


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次回予告

 
リレー随筆「鮭っ子物語」は、村上市・岩船郡にゆかりのある方々にリレー式に随筆を書いていただき、ふるさと村上・岩船の発展に資する協力者の輪を広げていくことを目的としています。 (編集部)
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