文化財探訪 4

       平林城跡 
               国指定史跡

              

                      岩船郡神林村平林

平林城
 鎌倉幕府の創業と共に義経追討、地方荘園への侵略、論功行賞による領地配分、それらの理由による秩父(畠山)氏の地頭職拝命により、色部の地に城館を構えたのが平林城の始まりとも言える。

 初代色部為長公の地頭職拝命は文書の上では不明ではあるが、二代公長の譲状は、嘉禄3年(1227)からであり、初代為長公より慶長3年(1598)会津領金山城移封まで、連綿続いた約400年の歴史は、鎌倉、南北朝、室町、戦国、安土、桃山時代の興亡変軽きわまりない時代を経てきただけあって、中世城郭史の特色を遺憾なく残している。
             「神林村文化財をたずねて」より

中世の地頭の館では、比較的大きい方である。慶長2年のこの絵図面から、高床・堀立・堀・橋・棟の配置、防備、構造など、色部史料集の内容と対照し、往時がうかがわれる。
城址正面登り口
平林城跡の全体案内図
古城要害山は、標高182m・登山道の距離1.801mで山頂に達する。
発掘調査中で、青いビニールシートで覆われている遺構。
平林館城跡略図
本丸・二の丸・三の丸の案内図


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国道7号線荒川橋の近く
平林集落より東側に位置する







三の丸跡


殿やしき・堀址


整備された散策路





今後の計画
平成11〜13年3月まで、整備基本計画作成、13年度調査、14〜15年実施計画作成、、出来れば16年度から復元を開始する予定。