村上を題材に卒業論文 卒業論文


武家屋敷地区のデザイン誘導における景観形成基準の運用実態


−村上市歴史的景観保全条例を対象として−


卒業論文概要   平成13年度

新潟大学工学部建設学科4年 
        小蛛@健    
指導教官   岡崎篤行助教授

1.研究の背景と目的

 近年歴史地区においても新建材や新構法を用いた建物が増え、町並み景観の阻害要因になり始めた。特に武家屋敷地区はもともと武士たちの居住区域であり、明治維新後は住宅地として変遷してきた。その課程において現在までに敷地の細分化や様々な様式の住宅が建てられデザイン誘導における目標像の設定が困難である。従って景観形成基準の設定や運用が重要課題となる。

 本研究の対象地である村上市は近世の城下町であり、新潟県において唯一、町並みとして武家屋敷地区が残っており、歴史的文化財としての価値が極めて高い地区である。平成12年1月に景観の保全を目的とした「村上市歴史的景観保全条例(以下、景観条例)」を施行しデザイン誘導を図っている。その特徴は@現在は多様な形式の住宅が建てられ、閑静な住宅地としての印象が強い武家屋敷地区を景観形成地区としていること、A歴史的建造物の修理・修繕ではなく、新築建物や既存建物の修景が中心であること、Bひとつの景観形成地区に対して3つの修景形式を設定しデザイン誘導を図っていることである。

 本研究では@個々の建物の修景形式を判断する際の認定手法を明らかにし、Aデザイン誘導の成果、生じている問題点とその要因を考察し、景観形成基準の運用実態と課題を明らかにする。さらにB景観形成地区内の既存建物を該当する修景形式に分類し、町並みを構成している建物の全体像を把握する。C以上の結果から村上の抱える問題点を明らかにし、今後の景観整備の方向性を検討することを目的とする。
またデザイン誘導を対象とした研究は多くあるが、本稿と類似する研究としては岐阜県古川町を対象として届出手続きやデザイン誘導における協議・指導の実態とその問題点を明らかにした研究1)がある。

表1 歴史的景観保全ガイドラインによる主要な景観形成基準



図1 景観形成地区指定範囲
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2.対象条例の概要
 景観条例では武家屋敷地区を「景観形成地区(図1)」に指定し、特に新築および既存建物の外観変更(以下、建築行為)に対して届出を義務づけている。そこで景観条例に基づき歴史的景観保全ガイドライン2)を作成し建物に関して3つの修景形式(以下、3形式)を示し、より良い新築デザインへの誘導を図っている。形態、色彩、材料や植栽等を周りの歴史的環境に調和させる修景に対して3形式に対応させて助成金を交付している(表1)。

3形式の位置づけは村上の武家住宅の伝統様式を継承させた「継承型」、できる限り継承型の様式を取り入れた「調和型」、最低限、周辺環境に調和させた「修景型」である。また伝統様式を有しないものは「不適合」となる。



3.届出物件の建物形式と認定形式の対応関係

3−1.市による修景形式の認定方法 
 平成13年6月現在の届出物件は建築物33件、門、生け垣の環境物件が15件の合計48件である。建築物33件の修景形式の割合は継承型1件、調和型7件、修景型18件、不適合7件である。
 市では届出があった個々の建物について、景観形成基準の各項目と内規で設定されているいくつかの項目(表1)を指標とし、その適合・不適合の状況から判断し修景形式を認定している。この際特に重要要素(表1の網かけの項目)との適合・不適合の状況に重点が置かれている。

3−2.個々の建物の建物形式による類型化
 この章では33件のうち住宅・車庫の31件を対象に建物全体の建物形式の類似性によって6つに類型し、認定形式との対応関係を分析した。 

(1)建物形式の種類とそれぞれの関係性(図2)類型に際して@木造軸組構法(在来構法)かどうかA伝統様式を有しているかB和風の印象を有しているかの3点から以下の6つに類型できる。
T:在来構法で伝統様式を継承している建物(在来・継承)
U:在来構法で和風の印象が強い建物(在来・和風)
V:在来構法で全体的な印象が和風の建物(在来・準和風)
W:在来構法だが和風と異なる印象の建物(在来・非和風)
X:非在来構法だがプロポーションや色彩によって周辺環境に馴染んでいる建物(非在来・準和風)、
Y:非在来構法で非和風の印象の建物(非在来・非和風)

(2)建物形式の類型方法と特徴
(1)の@は届出時に既にわかっている。Aの伝統様式を有することは和風の印象を有することになるため、建物が和風の印象を有しているかに着目し類型を行う。建物が和風の印象を有するには「和瓦葺き」「破風板が木製」「母屋または垂木があらわ」「霧除け庇が垂木庇」「玄関が引違い戸」「腰板張りの外壁」「板張り仕上げの外壁」「外壁に付け柱などの化粧材ある」「門、生け垣、植栽などある」の10項目が大きく関わると考えられる。また建物にウッドデッキやレンガタイル調の外壁仕上げ材などの「明らかな非和風要素」があると和風とは異なる印象となる。さらに「在来構法である」かどうかの以上12項目の適合・不適合の状況によって類型が可能である。このうち和風の印象を有するには和瓦葺きと木質材料が重要と考え、「和瓦葺き」「破風板が木製」「母屋または垂木があらわ」「霧除け庇が垂木庇」「腰板張りの外壁」「板張り仕上げの外壁」「外壁に付け柱などの化粧材ある」の7項目を主要な項目(以下、主要7項目)とする。そのため各類型の特徴は以下のようになる(表2)。

≪T:在来・継承(1件)≫「在来構法」で主要7項目のうち「和瓦葺き」を含んだ3項目以上を満たし、さらに「板張り仕上げの外壁」を有する建物。
≪U:在来・和風(17件)≫「在来構法」で主要7項目のうち「和瓦葺き」を含んだ3項目以上を満たす建物。
≪V:在来・準和風(4件)≫「在来構法」で主要7項目のうち1項目しか満たさない建物。または「在来構法」で主要7項目のうち「和瓦葺き」を含んだ3項目以上を満たしても「明らかな非和風要素」を有する建物。
≪W:在来・非和風(5件)≫「在来構法」であるが「和瓦葺き」を満たさず、さらに「明らかな非和風要素」を有している建物。または「明らかな非和風要素」は有していないが、他の10項目も満たさない建物。
≪X:非在来・準和風(1件)≫非在来構法(「在来構法」でない)で、他の11項目すべてを満たさない建物。
≪Y:非在来・非和風(3件)≫非在来構法(「在来構法」でない)で、「明らかな非和風要素」を有しており、他の10項目すべてを満たさない建物。

 類型の結果、約3分の2の建物(31件中23件)が和風の建物形式であり、景観条例施行後に建築行為がされた建物は町並みに調和するように建てられている。これはデザイン誘導施策の成果であるといえる。 
 建物形式と認定形式の対応関係に着目すると≪在来・継承≫は継承型(1/1)、≪在来・和風≫は調和型(6/7)、≪在来・非和風≫と≪非在来・非和風≫の「明らかな非和風要素」を有する建物は不適合(5/7)に認定される傾向にあることがわかる。また修景型に認定された建物は≪在来・和風≫(10/17)、≪在来・準和風≫(3/17)、≪在来・非和風≫(3/17)、≪非在来・準和風≫(1/17)と4つの形式であり、多様である(表3)。

 修景型の建物形式が多様になる要因はデザイン誘導の対象が主に住宅であることから、建物自体のデザインや色彩、材料に関して施主側の要望に対する許容範囲を残していること、周辺への配慮として色彩や植栽等の要素を建物にどれだけ反映させようとしたかという施主側の努力を考慮に入れた全体評価であるため≪在来・非和風≫や≪非在来・非和風≫の建物でも、修景型に認定することである。そのため建物形式による客観的な視点からの公平性が見出しにくくなっている。

また村上の伝統様式が寄棟/横屋根造りであることから調和型の重要要素が平入りとされている。そのため玄関がどの面に付随するかを重視しているため、切妻/横屋根造りで玄関が妻面にある場合には他の要素にかかわらず修景型に認定される。これが≪在来・和風≫の建物(写真1)でも修景型になる要因のひとつである。通りから屋根面が見えれば町並みの連続性は崩れないので、屋根の向きも考慮して修景形式の認定がされるべきである。同様に景観形成基準では外壁色彩は茶色系の色彩となっている。これによって真壁風であるが白色の外壁色彩とした≪在来・和風≫の建物(写真2)が不適合になっている。
 つまり景観形成基準の設定が建物全体ではなく、建物の各要素に対するものであることが問題点である。



4.既存建物の形式分類と町並みの全体像

4−1.既存建物の形式分類とその割合
 届出物件33件では事例数が少ないため既存建物を該当する修景形式に分類し、現在の町並みを構成している建物の全体像を把握する。調査対象は景観形成地区の中でも歴史的環境をよくとどめ、景観整備を進める上でのモデル的役割を果たす町並み景観が残っている地区(主要地区)=伝建想定地区(図1)の主な通りに面する建物246件(うち届出物件17件を含む)で、分類形式は3章の4つの形式(市と同じ条件で分類)に加えて「江戸中期から明治初期にかけて建てられた茅葺の武家屋敷」と「建築後50年が経過した歴史的建造物」の6つである。

調査結果から既存建物においても継承型はわずか12件(4.9%)しかなく、現在の町並み景観は主に歴史的建造物、調和型、修景型、不適合の建物で構成されており、その割合もほぼ等しいことがわかった(表4)。届出物件の継承型は1件のみで(3章で既述)、既存建物においてもわずか12件である。つまり村上の伝統様式を継承した建物が新しく建てられる事例は著しく少ないといえる。

 4−2.伝統様式を継承した歴史的建造物の割合さらに調査で確認された歴史的建造物50件をその形式によって4つに分類することができる。
【@:武家型住宅】@木造平屋または木造二階建て、A切妻、寄棟、入母屋で和瓦葺きの屋根、B主屋が横屋根造りで切妻または入母屋屋根の突出玄関が平側に付随、C下見板張りの外壁、を有する村上の武家住宅の伝統様式を継承した建物。
【A:伝統住宅】@の@〜Cすべての特徴は満たさないが伝統様式を取り入れて建てられた建物。
【B:町家型建物】一般の町家とは異なるが、敷地と道路の境界線いっぱいまで建てられている建物。
【C:近代洋風住宅】伝統様式とは異なるが近代洋風建築の歴史的建造物。

 それぞれの割合は武家型住宅17件、伝統住宅24件、町家型住宅6件、近代洋風建築3件となる(表5)。よって村上の伝統様式を継承または取り入れた建物が41件(既存建物全体の16.7%)あり、これらの建物が武家屋敷地区の景観に連続性を与え、村上固有の町並みを造り出しているといえる。つまり江戸時代に建てられた茅葺の武家屋敷の保存だけでなく、これらの建物の修理・修繕もデザイン誘導と同様に町並み保全にとって重要であるといえる。

5.デザイン誘導に影響を及ぼしている問題点
5−1.景観形成基準の設定プロセスにおける問題点 
 村上は景観条例施行に至るまでに武家屋敷地区の伝建地区指定を目指した経緯がある3)。3形式はそれを前提として提案された整備方針であり、伝建地区で継承型を、景観形成地区で調和型を、地区内の既存物件の修景時に修景型を運用するものであった。しかし現在は1つの景観形成地区において3形式を運用し、さらに修景型を新築時にも運用している点で矛盾が生じている。

5−2.景観形成地区内にかかる法的規制
 継承型の重要要素は「外壁仕上げ」を板張りにすることであり、これが満たされなければ他の要素にかかわらず継承型に認定されることはない。しかし景観形成地区の全域が建築基準法第22条による指定区域または準防火地域であるため、外壁を板張りにするには下地に不燃材を張らなければならず、建築費を増加させることになる。これが継承型の増えない要因のひとつであると考えられる。



5−3.村上の伝統様式に関する住民意識からの問題点
 村上の伝統様式に対する住民の共通認識が薄く、伝統様式を継承した建物を建てていこうする住民がいる一方で、板張りの住宅を「田舎の家」として嫌っている住民もいるということである。ただし景観条例施行後の2年間で景観全体に対する共通認識が根づき始め、生け垣や植栽をきれいに保ち、維持していこうとする住民が増えている。これはデザイン誘導施策の成果のひとつであるといえる。


6.本研究のまとめ
@3形式の認定は景観形成基準との適合・不適合の状況を指標として行われている。特にガイドラインに表記のない市の内規や、重要要素との適合・不適合の状況が3形式の判断の上では重点が置かれている。

Aデザイン誘導の成果は、届出物件の建物様式が多様化しているが、大半の建物が和風の印象を有し町並みに調和している点、住民の景観全体への共通認識が高まり始めている点である。また、問題点は認定形式と建物形式の間に評価のずれが生じていることである。この要因は@であり、全体的な建物形式を判断の指標としていないことである。

B村上の町並み景観は歴史的建造物、調和型、修景型、不適合の建物で構成され、割合もほぼ等しい。つまり村上の伝統様式を継承した建物が新築されることは少なく、これが村上らしい景観をつくるという観点から見たときに最も重要な問題である。このままでは閑静で和風の雰囲気はあるが、特に村上の特徴のない住宅地になる危険性がある。

CBのような状況の中で固有の町並み景観を保全していくためには、残存する歴史的建造物に対する登録文化財制度の活用や、景観条例によって景観重要建築物に指定し、保存施策を講じることを検討しても良い。また3形式をより有効に運用するために新築と既存建物において運用する形式を明確にし、また伝建想定地区を重点地区に指定し、景観形成地区と分けて景観形成基準を変えて段階的にデザイン誘導を図る必要がある。



【謝辞】
本研究に御協力いただいた、村上市社会教育課の方々、越後村上・城下町まちなみの会の方々、村上の住民の方々に敬意を表します。
【主要参考文献】
1)佐野雄二,岡崎篤行,高見沢邦郎,西村幸夫:景観条例に基づくデザイン誘導制度の運用実態と課題,日本建築学会計画系論文集,第511号pp.205−212,2002.12)村上市:歴史的景観保全ガイドライン,2000.33)村上市,村上市教育委員会:越後村上城下町−伝統的建造物群保存対策調査報告書−,1991.3


この卒業論文は、本文102ページ付録40ページ合計142ページから構成されています。今回は、その中の梗概です。 
新潟大学の小柳健氏と岡崎助教授のご好意によって掲載させていただきます。この論文が新しい村上づくりに役立つことを期待します。
                             
          編集長記
著者履歴
小蛛@健(オヤナギ タケシ)
1980211日 生まれ
南蒲原郡田上町 出身
新潟工業高校建築科 卒業
新潟大学工学部建設学科 卒業
新潟大学大学院自然科学研究科 在学



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